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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)1625号 判決 1984年4月18日

控訴人

島田満高

控訴人

島田雅恵

控訴人

島田由起子

控訴人

島田美智恵

控訴人兼右控訴人ら四名法定代理人親権者母

島田年子

右訴訟代理人

小山孝徳

勝又護郎

被控訴人

第一生命保険相互会社

右代表者

西尾信一

右訴訟代理人

中村敏夫

山近道宣

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

(控訴人ら)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人島田年子に対し、金三〇〇万円、及びこれに対する昭和五六年五月二九日から完済まで年六分の割合による金員を、控訴人島田満高、同島田雅恵、同島田由紀子、同島田美智恵に対し、それぞれ金一五〇万円、及びこれに対する昭和五三年八月四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言。<以下、事実省略>

理由

一事実の確定

次の1、2、4、5、10、11、12の事実は、当事者間に争いがなく、次の3、6、7、8、9の事実は、<証拠>により認めることができる。

1  島田正清は昭和五二年一二月九日頃、株式会社大黒住宅から、原判決別紙物件目録記載の土地、建物(以下、これを本件住宅という)を買受けた。

2  島田正清は右同日ころ、右買受代金支払のため、第一住宅金融株式会社(以下、これを第一住宅金融という)から、金九〇〇万円を借受け、次のとおり合意した(住宅ローン)。

ア  第一住宅金融は、保険金受取人と保険契約者を同社、被保険者を島田正清とする生命保険契約を締結する。

イ  右保険契約について保険事故が発生し、第一住宅金融が保険金を受領したときは、これを島田正清の同社に対する債務の返済に充てる。

3  右の住宅ローン契約においては、次のように約された。

第一条 乙(島田正清)は甲(第一住宅金融)から下記要領により金銭を借り受けました。

借入金額 九〇〇万円、利率年9.48パーセント、期間二五年、資金使途土地建物購入資金、毎回の元利金返済額七万八五〇七円、第一回返済日昭和五三年二月一二日、第二回以降返済日毎月一二日、最終返済日昭和七八年一月一二日

第二条 乙は次の場合において甲が通知したとぎには、この契約に基づく債務につき期限の利益を失い、ただちに一切の債務を返済します。

(4) 乙が死亡したとき。

第四条 乙は甲が所定の方法により、甲を保険金受取人および保険料負担者とし、乙を被保険者とする団体信用生命保険契約を締結することに同意のうえ、次の条項を約定します。

(1)  乙は健康に異常なく、上記保険契約に基づき乙が告知した事項は事実に相違ないことを誓約いたします。

(2)  甲が上記保険金契約に基づき保険会社から保険金を受領したときは、第一条の期限にかかわらず、その保険金を債務の返済に充当しても、乙は異議を申し出ません。なお、充当後残債務が生じたときは、乙は、その残債務全額を直ちに甲に返済します。

(3)  乙の告知義務違反等乙の責に帰すべき事由により保険金が支払われないこととなつたときは、第一条の期限にかかわらず、乙はこの契約の債務全額を直ちに甲に返済します。

第五条 乙は、この契約による債務の履行を確保するために、保証人に代えて、甲を被保険者とする甲指定の住宅ローン保証保険契約を締結し、その保険証券を甲に提出します。

2 甲が前項の保険契約に基づき、保険会社から保険金を受領したときは、第一条の期限にかかわらずその保険金を債務の返済に充当しても乙は異議を申し出ません。

4 東京海上火災保険株式会社(以下、これを東京海上という)は、右1の住宅ローンにつき住宅ローン保証保険契約を締結した。

5 第一住宅金融は右2の合意にもとづき、昭和五三年一月一日被控訴人との間で、保険契約者及び保険金受取人を第一住宅金融、被保険者を島田正清、保険金額九〇〇万円とする生命保険契約を締結した。

6 被控訴人の団体信用生命保険普通保険約款は、次のように定めている。

この保険の趣旨 この保険は信用供与機関である債権者または信用保証機関が債務者の死亡または所定の廃疾に際し支払われる保険金をもつてその債務者に対する賦払債権の回収を確実に行い、また債務者の賦払債務償還中の生計の安定を図ることを目的とした特殊な団体保険です。

第一条 この約款で「団体」とは、次の各号のいずれかに該当する債務者の全部または一部の集団で、第七条第一項の協議により定めるものをいいます。

1 信用供与機関に対し賦払償還債務を負う債務者

第二条 この保険契約の保険契約者は、次の各号のいずれかの機関またはその事業団体とします。

1 賦払償還によつて債務の弁済を受ける信用供与機関

第三条 この保険契約の被保険者となる者は、団体の構成員とし、加入の際に健康であることを要します。

第六条 この保険契約の保険金受取人は、保険契約者とします。

第七条 次の各号の事項については、保険契約締結の際、保険契約者と当会社とが協議のうえ定めます。

1 団体の範囲に関する事項

2 被保険者の加入に関する事項

5 保険金額の決定基準に関する事項

6 被保険者ごとの保険期間に関する事項

7 保険料に関する事項

8 保険契約者からの通知に関する事項

9 その他必要な事項

3 本条の規定によつて定められた事項は、契約内容の一部となるものとします。

第二九条 保険契約者および保険金受取人は、当会社の承諾を得ないでこの保険契約に関する権利を質入れしまたは譲渡することができません。

7 被控訴人と第一住宅金融とは、昭和五二年三月一日、右保険約款七条一項に基づき、次のとおり協定した。

第一 被保険団体の範囲

(1)  この契約における被保険者の範囲は甲(第一住宅金融)から住宅貸付を受け、甲に対し割賦償還すべき債務を負うもの。

第二 保険金額決定基準

(1)  各被保険者の保険金額は(2)項に定める限度(五〇〇〇万円)を超えないものとし、保険料払込期日の属する月の前月末日の賦払償還債務残高とする。

第三 各被保険者の保険期間

各被保険者の保険期間は、その者の金銭消費貸借契約書に約定の賦払償還期間と同一期間とし、団体信用生命保険契約申込書(被保険者用)に記載の返済期間のとおりとする。ただし、次の場合は該当の日をもつて保険期間は終了するものとする。

(1)  加入申込書記載の保険期間終了前に賦払債務を一時に償還して被保険者が金銭消費貸借契約書に基づく債務者でなくなつた日。

(2)  加入申込書記載の返済期間終了後においてなお未償還債務があるときは、その債務を完済した日。

(3)  保険年令七一才に達した直後の契約応当日。

第四 保険料に関する事項

(1)  保険料は、保険料払込期日の属する月の前月末日の被保険団体の総保険金額に平均保険料を乗じて計算する。

第八 その他特に必要な事項

(1)  甲は契約応答日の前月末日における被保険者の賦払償還債務額につき、各被保険者毎の残高通知書を契約応答日直後の保険料払込と同時に乙に提出するものとする。

8 第一住宅金融と被控訴人との間の生命保険契約は、右6、7の内容の契約であり、前記2ア、イの生命保険契約もこのような内容のものを予定していた。

9 一般に、住宅ローンを業とする会社にとつては、本件のような住宅ローンに付随して契約される生命保険契約は住宅ローンの回収を確実にすることを目的としており、住宅ローンを回収するほかに、生命保険金をも得て利益を得ることは目的としていない。第一住宅金融は住宅ローンを業とする会社であり、生命保険金を得ることにより利益をあげること自体は目的としていない。

10 島田正清は昭和五三年八月三日に死亡した。控訴人島田年子はその妻、その余の控訴人らはその子である。

11 島田正清は右10のとおり死亡したが、被控訴人は告知義務違反を理由に前記の生命保険金を支払わないので、第一住宅金融は保証保険契約にもとづき東京海上から前記2の貸付金とその利息計九四五万〇五一一円の支払を受けた。

12 控訴人らは、東京海上からの請求を受けたため、本件住宅を売却して、その相続分に応じ計一〇一〇万六五三二円を東京海上に支払つた。

二主位的請求について

前記一認定のとおり、第一住宅金融は生命保険契約を締結することを島田正清に対する関係でも約束していること(前記一2ア)、その締結を約した生命保険契約とは、住宅ローン債権の回収を確実に行うことのほか、住宅ローン債務者の賦払債務償還中の生計の安定を図ることをも目的としたものであること(前記一6、8)、その保険金額、保険期間は、住宅ローン債務の残債務額、未返済の期間と全く同一であつて(前記二7)、ローン債務の返済から離れた独立の目的を持つていないこと、一般的に、住宅ローンを業とする会社は、住宅ローンに付随する本件のような生命保険契約によつて住宅ローンの回収から離れて、利益を得ることは目的としていないこと(前記一9)を考慮すると、前記一2の住宅ローン契約に際し、第一住宅金融は債務者島田正清の利益のためにも、前記生命保険契約を締結することを約したものであり、住宅ローン債権者第一住宅金融は、保険事故が発生して生命保険金を受領できる場合に、住宅ローンの返済を受けて、しかもそののちに生命保険金を受領してこの双方を保有することが住宅ローン債務者島田正清ないし控訴人らとの関係で許されないのは勿論のこと、住宅ローン債権者第一住宅金融は、生命保険金を受領できる場合には、これを受領しないままで、住宅ローン債務者島田正清ないし控訴人らに対し住宅ローンの返済を求めることもできないと解すべきである。このことは、前記掲記の各事実のほか、住宅ローン契約第四条(3)において、ローン債務者の告知義務違反等ローン債務者の責に帰すべき事由により保険金が支払われないことになつたとき(典型的には、告知義務違反を理由とする保険事故発生後の保険契約の解除であろう)は(即ち、これを停止条件として)、住宅ローン債務を支払う旨が約されていること(前記一3)からも、明らかである。

このように解すると、生命保険金が支払われるべき場合には、住宅ローン債務者は同債務を支払う必要はなく、仮に生命保険金が支払われるべき場合かどうかについて争いがある場合には、住宅ローン債権者のローン請求訴訟において右場合であることを抗弁として主張して紛争を解決し、自己の利益を護ることができる訳である(本件についていえば、東京海上から請求を受けた際、右場合であることを抗弁として主張しえたものである)。

右のような方法により、生命保険付住宅ローン債務者の利益が護られていると解されるから、これ以上に、「住宅ローン債務者に、生命保険金を受領すべきことを住宅ローン債権者に請求する権利を認める必要もその理由もないし、またそのような権利を認めるべき根拠となる事実を認定することもできない。

そうすると、控訴人らが債権者代位権の被保全権利として主張するところの権利、つまり第一住宅金融に対し被控訴人に生命保険金を請求して受領すべきことを要求する権利は、これを認めることができないから、控訴人らの債権者代位による主位的請求は不適法である。

三予備的請求について

控訴人らは、被控訴人が生命保険金を支払わないことによつて利得し、控訴人らが損失を受けたと主張するが、被控訴人が生命保険金を支払うべきものであれば、その債務が残存しているのであつて、その債務を支払わないこと自体によつて被控訴人が利得をしたと解することはできない。

したがつて、控訴人らの不当利得にもとづく予備的請求は理由がない。

四結論

そうすると、控訴人らの主位的請求を却下し、予備的請求を棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(上田次郎 広岡保 井関正裕)

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